Diary/ + PCC + — HIMAJIN NI AI WO. Love Idle

2008年3月29日(土)

ポスト楷書・ポスト築地體の私たちに

楷書のあとに本格的な變革のなく、築地體のあとに本格的な變革のなく、といはれる。これらの極みはつねに私たちひとりひとりに問ひかけてきて、結果として、過去と連續してをり、未來へしていくはずの私たちの字は、ちぎれちぎれになつてゐるやうに見える。これは本を讀む者は常に起源にとらまへられることををしへてゐるやうである。下降史觀はそれじたい現代に生きることを否定するものではない。今に生きることを否定させがちにはするけれども、過去を内在化しうるものとして扱ふ能力を生みもし、それは結局今を生きてゐることを確かめさせもする。

ポスト楷書にしてポスト築地體の世に生きる私たちに、私たちのものだとして受け渡すものがあるか。ポスト=事後史觀といふ束縛そのものをどう生きていくか。それは結局、なにかのついでに生まれたことを認め内在化しつつ生きていくことしかないやうに思へて、しかしだからこそ私たちは抱へきれない煩惱を不愍に思ひ、すくなくともポスト・モダーンが下降史觀に生きられないことをなにより確かに思ふ。

23:55

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