吉田健一『ヨオロッパの世紀末』讀了。以下ヨーロッパの語源について「一般にヨオロッパというのはゼウスとヨオロッパの伝説に由来すると考えられている。しかし事実はむしろ逆で先にヨオロッパの名称があり、それが牛に形を変えたゼウスに小アジアからダアダネルス海峡を越えて運ばれたヨオロッパという女の伝説になったとなすべきであって単にこの海峡を超えるだけのことならば金羊毛の伝説でもそれが扱われ、その上にヨオロッパが運ばれたのはクレタ島であって、むしろヨオロッパの名称そのものはアッシリア人が自分たちが居るところをアス、太陽の国と呼び、その西方がエレブ、あるいはイリブ、日没と暗闇の国だったのが時代とともに訛ってアジアとヨオロッパになった(後略)」(岩波書店〈文庫青194-2〉、1994、p.236)とあり、文章を讀むだけで仕合せになれる類の著者である。昨日は富岡多惠子の『釈迢空ノート』を急いで讀み返却し、迢空についてあらたな認識を抱いたのだが、死者の書を取り上げた段で、最初の發表が殆ど論文であつたことを觸れないのはかまはないのだけれど、水の滴りによつてはじまる、皇子の目覺めについて何も觸れてゐなかつたのはなぜだらうといま思ひかへす。坂口安吾『墮落論』(角川書店〈文庫緑 100〉、1957、1976)を拾ふ。なんといふか、「日本を見失うはずがない」(「日本文化私観」)といふ自信に慣れなくて、挫折する。
しかし、名前といふのはなんと厄介な代物。RDBMSの、名前のテーブルとその「中身」のテーブルとに私の腦内に分けてゐれられてゐて、連結が解かれてしまつてゐるかのやうな。
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——貪欲と嫌惡と迷妄とを捨て、結び目を破り、命を失ふのを恐れることなく、犀の角のやうにただ獨り歩め
(中村元譯『ブッダの言葉 スッタニパータ』74詩、岩波書店、1984)
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