今朝の朝日に自民黨の新憲法案が出てゐたので讀んだのだが、まあ、宮崎哲也の言ふ「抑制的」といふのはまあ當つてゐるかなとは思ふが、いかにも自家撞著な印象を免れない。
自民黨のウェブサイトのサーバが非常に重いので引用はせずにやると、第一章が細かな移動のみ(ただ、内閣の地位が、前の憲法と比べて弱くなつてゐるやうに讀めなくもない)であり、第二章九條一項憲法前文のコピーのやうな謎文章に續けて、第二項、自衞が國際的でないといふのはどういふことだらうといふのはさて措き、第三項、國際紛爭を解決しようとする動きは當然國際的に協調して行はれる行動に内包されるのだから、そこに自衞軍と雖も軍隊が行つて「いかなる觀點からも」武威を示すのではないと誰がいへるのか。第一項に反してゐないと言ひ張るのは虚勢である。これは九條の二(現行との對照のための暫定措置であるから、まあ、きちんとまとめたときにはまともになつてゐるのでせう)二項にもあてはまる。
第三章十二條一項は無意味且つ最惡の改惡。十八條二項も分ける必要性が見當たらない。過剩な改正。二十條三項、社會的儀禮の範圍内であれば、宗教を強制していいとなり前項に矛盾。公務員及び被教育者、教育者は、宗教を問はれないのだから、もしその信條が社會的儀禮とかなんやらでの行爲と反してゐる場合、どうせよといふのだ。また、宗教の基本單位は個人であつて法人は人にあらざるものなのだから、行爲主體になれるわけがないやね。
ここら邊まで讀んで、果たして意味がある改正なのかわからなくなつた(しかも衆院解散は首相に一任とか言ふ意味不明)ので、やめる。
12:19
——貪欲と嫌惡と迷妄とを捨て、結び目を破り、命を失ふのを恐れることなく、犀の角のやうにただ獨り歩め
(中村元譯『ブッダの言葉 スッタニパータ』74詩、岩波書店、1984)
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