Anandaさんからよくわからんと云はれたし、氣に入らないしで書き直し。少々變はつてゐるところはありますが。
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階段には明り取りの窗が小さくあるだけで薄暗かつた。階段を一歩登るごとにサチの足の幻影が重なる。サチのリズムと呼應して薄暗い階段を木靈してゐる。さう、こんなに歩いたのだ。屋上まで後三十一段。屋上の扉には鍵があるけど錆び朽ちてゐるから問題ない。由紀にはなぜかはつきりと判つた。屋上へと出る扉を前にして、由紀は初めて深呼吸した。取つ手に手をかけて力を込めると、ばきばきと鍵が音を立てて壞れ、扉が押し開かれて太陽の光が差し込んできた。
つひに來た、といふ思ひはしなかつた。何度も見てゐる光景。由紀は扉を閉めて、改めて屋上を見渡した。屋上には誰もゐなかつた。コンクリートの龜裂に生えた草花、へりに巡らされた手摺、あの事件から變はつたものはなにもない。
わかる。サチが愛でていつた花。手すりの前に巡り歩いた道のり。手すりに殘つた手と足の跡。何もかもが解る。
由紀は靜かに、しつかりとした足取りで花の前まで歩いていつてしやがみ、さやうならを云はうとした。しかし、ちよつと先の水澑りに雲が映えてゐるのに不意に氣づいて、知らぬ間に立つてゐた。空がある。初めて見る空。サチが手摺に手をかけてから一寸微笑みをかけた空。由紀は一氣に褪めていく感覺に戸惑つた。
さう、それでいいのよ。死者の聲は生けるものには屆かない。
21:44
——貪欲と嫌惡と迷妄とを捨て、結び目を破り、命を失ふのを恐れることなく、犀の角のやうにただ獨り歩め
(中村元譯『ブッダの言葉 スッタニパータ』74詩、岩波書店、1984)
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