遲くなりましたが、好い加減に李陵を讀み終りました。輕く、感想なるものを。
人物が生きてるというのは、かう云ふ事なのでせうか。何かひしひしと傳はつて來て、それがこの作品の中に入りきれない自分をあらはにして、相乗して氣分を重くしました。純粹なるものはやはり辛い。
白い人の書評もほつたらかしにしてゐました。
こちらは、話の轉囘に遠藤氏らしい無茶が散見され、思はず苦笑しましたが、一貫して追及されてゐるもの、「深い河」になつても未だ追求されるものがすでにあることに、解説の欲張りと言ふ語句に深く同意して仕舞つたものです。
22:26
——貪欲と嫌惡と迷妄とを捨て、結び目を破り、命を失ふのを恐れることなく、犀の角のやうにただ獨り歩め
(中村元譯『ブッダの言葉 スッタニパータ』74詩、岩波書店、1984)
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