「はい、もう一つ、宇治金時。」
婦人は、わざと客の狼狽を無視した。
「すいません。いくらですっけ。」
「普段なら二つで三百四十円ですけど、特別に、お安くしておきます。二百五十円でいいですよ。そのかわり…、またその子を連れてきて頂戴ね。」
と言い、婦人は微笑んだ。客もつられて笑う。
「パパ、食べよう?」と、今まで黙っていた子供が客の手を引っ張った。
「あ、ああ、食べよう。」
客はそれなりに「父親業」が様になっていた。穏やかそうな家庭が、婦人の脳裏に浮かんだ。幸せな家庭で、きっとこの子は育っていくんだろうな、そういう幸福が、あるのに違いない、婦人はそうとも思った。
<続>
19:02
——貪欲と嫌惡と迷妄とを捨て、結び目を破り、命を失ふのを恐れることなく、犀の角のやうにただ獨り歩め
(中村元譯『ブッダの言葉 スッタニパータ』74詩、岩波書店、1984)
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