落葉集

落葉集(らくえふしふ)とは、1598年に出版された3部からなる漢字と熟語(複合語)の日本語辭書である。イエズス會が、1603年の日ポ辭書などの初期日本語參考文獻の一環として長崎で刊行した。落葉集は、漢字の音訓を分けて示した最初の辭書として注目される。

日本語で發表された多大な落葉集の硏究論文に比べ、英語では、山極・越海(コシミ)・ジョセフ (1955)(ミシガン大學日本語學教授)、ドン・クリフォード・バレー (1960, 1962)(アリゾナ大學日本語學教授)によって基礎的な硏究がなされたのみである。

書名について

落葉集は、一文字一文字を讀めば、「落葉」の「集」だが、序において、比喩的に「取りこぼされたことばをいろはの順に拾ひ集めたもの」を意味すると説明されてゐる。

是つらの字書世にふりておほしといへどもあるは字のこゑばかりにしてよみなく或はよみをしるしてこゑを記せず是なんものゝ不足といふべきにや茲に先達のもてあそびし文字言句の落索を拾ひあつめかしらに母字を置きそれにつゞく字を下にならべて字の音聲を右に記し讀を左にして色葉集の跡を追ひいろはの次第をまなんで以て字書をつくる仍此一册を落葉集と號す又此書の終には一字一字のよみを本としおなじく二三字の世話をも少々相加へて今一篇のいろはをついづる者也

なるほど、これまでに多くの日本語の辭書がつくられてきました。しかしながら、これまでのものは、文字の「聲」(中國語での音)だけ書いて「讀み」(日本語での讀み方)に觸れないか、「讀み」を記錄して「聲」は無視するかして、辭書として不完全だつたといへます。ここに、使ひ殘された(落索)漢字と熟語を集めていままでになく使ひやすいものにし、色葉集のあとにならつて、いろはの順にならべ、「音」(中國語での音)を字の右に排し、「讀み」を左に排すことを試み、さうして一卷の辭書をなして落葉集と名づけました。そのうしろには、よく似た文字と熟語を「讀み」でいろは順に竝べた一編を付しました。(Bailey 1960: 297)

落索は漢語で、衰えること、落ちこむこと、孤獨であることなどを意味する。すなわち、書名は他の辭書に落ちてゐる語と、12世紀の色葉字類抄などのいろは順の辭書を意味する色葉集を略した葉集とを掛け合はせたものである。もれたものを採つていくといふ編者の意圖にもかかはらず、バレーによれば、半分以上の揭載語が15世紀の節用集や韻書などの同時代の日本語辭書にも見いだされてゐる。

内容

落葉集は108丁あり、3部に別れてゐる。山極によれば、それらは

(1) 62丁が落葉集の部で、(a)漢字と熟語を音によつて排列した本體と、(b)畫數表、(c)正誤表
(2) 27丁が色葉字集(いろはじしふ)で、(a)漢字と熟語を訓によつて排列した本體と、(b)正誤表、(c)66か國の一覽
(3) 19丁が小玉篇(せうごくへん)で、(a)105の部首によつて漢字を排列した本體と、(b)正誤表 (1955: 75-6)

からなる。

第1部は落葉集と題し、漢字の音と熟語を揭載する。1700語近くの母字(見出しの字)があり、熟語は12000語ほどが揭載されてゐる。

第2部は、色葉字集と題し、漢字に對應する訓を揭載する。第1部に比べて半分以下の記載で、熟語は4分の1の3000語ほどである。色葉字集では同訓の文字を多く一覽する。例へば、訓でかうばしいと讀む、芳(よいにほひ、芳香)、芬(あまいかをり、芳香、ここちよいかをり)、香(こころよいにほひ、芳香、よいにほひ、香のかをり)などである。この部には百官竝唐名之大槪(百の政府役職と中國語の異名の槪要)と日本六十餘州(日本の約60の國名辭典)の2編の付錄が付してある。

第3部の小玉篇は、おほむね第1、第2部よりあつめた2366の文字を105の部首に從つて分類し、それぞれの音訓を記したものである。題名と形式はおよそ543年になつた中國の辭書の玉篇や、およそ1489年になつた倭玉篇(わごくへん)に從つたものである。小玉篇では、まづ、部首を意味によつて天文(自然現象)、地理、人物などの12門に分つた目次があり、本文で現れる順番に番號が記してある。また、それぞれの部首によみかたがつけられてゐることがこれまでの辭書にない特徵である。漢字學習者にとつて便利なことに、いくつかの漢字は複數の部首の下に揭載されてゐる(好は女偏によつても子偏によつても檢索できる)。

編纂

落葉集の第1部と第2部は本編と呼ばれ、第3部は後編と呼ばれる。本編は1598年になり、後編は記載はないが1599年頃であらうと推定されてゐる。

落葉集でなされた辭書編集上の改善の最たるものは、音訓の別を明らかにしたことであり、同時代の戰國時代の節用集などの辭書では、音訓のどちらかによるか、音訓を混在させてゐた。Bailey (1962:214) では、その理由を音訓をただちに了解できないヨーロッパ人の便宜のためと考へてゐる。

編纂過程については、いろは順に漢字の音訓を書いた本文を完成させたのち、部首の目次を作成した。音訓を知つてゐれば本文に直接檢索し、わからなければ部首から引くやうになつてゐる。

日葡辭書とは異なり、この辭書ではラテン文字は、タイトルページにRacuyoxuとあるのみで、日本語の發音のローマ字化はされなかつた。イエズス會のローマ字體系は獨特で、ポルトガル語を基礎としてをり、ふつうのヘボン式ローマ字體系とは異なる。日本の歷史言語學者森田武は、落葉集に揭げられた漢字項目と、ほぼ半分の熟語項目とが、イエズス會ふうのやりかたでいろはに排列されてをり、特に12番目の假名の「を」について顯著であることをあきらかにした。バレーはこれを要約し、

落葉集の本文において、熟語は基本的にいろは順に竝べられてゐるが、とりわけ本篇において、排列から關連する語をまとめてとりあげて載せてゐる場合がある。加へて、いくらかの箇所では、いろは順によつてでも意味的なまとまりによつてでもなく、氣まぐれに項目が竝べられてゐることもある。(Bailey 1960:323)

と述べた。

史的展開

日本語で「キリシタン版」とは、イエズス會の印刷機により、1591年から1611年のあひだに出版された書籍、文法書、辭書をいふ。1590年、イタリア出身のイエズス會士、アレッサンドロ・ヴァリニャーノが活版印刷機を日本に將來した。それまでの木版印刷と比して、Üçerler (2005) は、この技術的優位を「最初の情報通信技術革命」と呼んだ。

落葉集は漢字と平假名によつて印刷されてゐる。漢字のフォントは印刷された楷書といふよりは手書きの行書により近い。平假名にはいまでは古めかしい變體假名の形も含まれてゐる。

日本の印刷史において、落葉集は、手書きではすでに實用されてゐた假名についての2つの發明をはじめて印刷に付した活版辭書であり、現存最古のものである。振假名は、教育が低く漢字が讀めない人への配慮で、漢字の讀みを小さい假名で脇に印刷するものである。半濁點は假名の右肩に印刷する小さな丸のことで、無聲兩唇破裂音、つまり、はひふに對するぱぴぷを示す。

落葉集の原本は日本の封建時代に吹き荒れた嵐により失はれ、奈良縣天理の市營圖書館に斷片が殘されるのみである。3本の完本がヨーロッパに3書あり、大英博物館、バルカレス伯家、ローマイエズス會が所有している。小玉篇を缺く2書がライデン大學圖書館とパリ國立圖書館にある。

結論

落葉集は、イエズス會の印刷機と漢字や假名への對應の産物であるとして、バレーは、「堅く、日本の辭書編纂において眞に重要な地位を占めさせるやうな幅廣い體裁を得るに至らなかつた」とむすぶ (Bailey 1962: 263)。そのうへで、4百年前に辭書を行はれた改良點で、今日においてなほ興味深いものを6つ擧げてゐる。

  1. 漢字が四角かつたり、あるいは印刷體ふうでなく、手書きを思はせる形の活字であること
  2. 日本語の語を假名で書き表すのに表音よりも傳統に沿つたやり方を使はうとすること
  3. 本篇で項目を排列するのにいろは順を基本としたこと
  4. 小玉篇における部首の意味的分類
  5. 小玉篇において漢字を揭載する部首をひとつに限らないこと
  6. 正確で一貫した假名表記における無聲兩唇破裂音を示すための半濁點の使用 (1962: 263-4)

參考文獻

外部リンク

History

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